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2006年3月 1日 (水)

完全に客観的な歴史は存在するか?

今日、家に帰り着いて夕飯を食べているときに、丁度NHKで日本と韓国のことをやっておりました。5年前に、日本で線路に落ちた人を助けようとして他界した、韓国の青年の話です。

日本と韓国、もしくは日本と中国などの話が出る場合、必ずと言っていいほど双方の歴史に対する認識の問題が話題に上ります。また、なんかややこしそうなことになっておりますけど。

私としては、「歴史はその時代、その地域で生きた人の数だけ存在する」という持論があります。つまり、その出来事を見る主体が変われば、歴史も変わって見える、と言う考え方です。生きている人がいればそれぞれに感じ方や考え方が異なるから。

このことから、「本当に完全に客観的な歴史などあるのか?」という疑問が出てきます。わたしは、そんなものは存在しないと思います。その出来事から何を読み取るかは勝手だと思います。むしろ、もめているのはそこではないでしょうか。

人間が文字を手に入れてから、書物などの形で過去の出来事を後世に伝えることができるようになりました。ですが、その記録も、権力が生まれれば、それに都合の悪いことは書かれなくなったり、都合の良いように記述したりと言うことはざらにあります。だから、歴史考古学なる分野が発達するわけだし。

韓国人、日本人、中国人・・・・・こういったカテゴリでものを見なくなったとき、始めて変化の時が来るのではないでしょうか。極論かな(^_^;)?

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